国際政治

拒否権国家が当事者となる世界──国連秩序は何を失うのか

拒否権を持つ国が軍事行動の当事者となることで揺らぐ国連安全保障理事会の秩序を象徴的に表したイラスト

拒否権という制度は何を前提にしてきたのか(国連安保理・拒否権の原点)

 国連安全保障理事会の常任理事国は、国際平和と安全を守る「最後の審級」として特別な責任を負っています。その根拠が、いわゆる拒否権です。重大な安全保障問題については、大国の合意がなければ実効性を持ち得ない──第二次世界大戦後、現実の力関係を前提に国連を成立させるための、きわめて政治的な制度設計でした。

 この仕組みは、理想から見れば不公平です。しかし同時に、戦勝国を制度の外に追い出さず、国際秩序の中に縛り付けるための「必要悪」でもありました。拒否権は、強国が一方的に行動することを完全に防ぐ装置ではありませんが、少なくとも国際社会の場で説明と正当化を強いる仕組みとして機能してきました。

 しかし現在、その前提が大きく揺らいでいます。

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ベネズエラを攻撃し、その国で独裁政権を敷いていたマドゥロ大統領の身柄を拘束、さらにその国を一時的に運営するというトランプ米大統領の決定は、長年外交問題における他国の越権行為を批判し、外国との紛争に関与 ...

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平和を守る側が武力行使の当事者になる異常事態

 安保理常任理事国のうち、複数の国が国際法上の正当性をめぐって激しい議論を招く軍事行動の当事者となっています。平和を維持すべき主体が、同時に紛争の当事者でもあるという構図は、国連制度が想定してきた枠組みを明らかに超えています。

 本来、安保理は武力行使の是非を判断し、必要であれば制裁や強制措置を決定する場です。その中心に位置する国が当事者となった瞬間、制度は自己矛盾を抱え込みます。「裁く側」と「裁かれる側」が重なる状況では、法的評価と政治的決定を切り離すことが極めて難しくなります。

国際法はなぜ他国介入に高いハードルを課しているのか

 国連憲章は、武力行使を原則として禁じ、その例外を厳格に限定しています。自衛権の行使、安保理の授権、当該国政府の明確な同意──いずれも高い要件が課されているのは、過去の戦争の反省から、武力を「便利な政策手段」にしないためです。

 「相当な理由がある」「相手が悪い」といった主観的評価だけでは、武力行使は正当化されません。必要性、均衡性、手続きの正当性が厳しく問われるのが、国際法の基本的な考え方です。

 ところが、拒否権を持つ国家自身が武力行使の当事者となった場合、この歯止めは著しく弱まります。安保理は決議による評価や制裁を事実上行えず、違法性の有無と制裁の可否が切り離されてしまいます。これは制度の欠陥というより、制度が依存してきた前提──大国の自制──が機能しなくなった結果だと言えるでしょう。

「国連の機能不全」ではなく「想定通り止まらない制度」

 この状況はしばしば「国連の機能不全」と表現されます。しかし、より正確には「国連が止められないように設計されている場面がある」と捉えるべきです。拒否権は、平時には大国の暴走を抑える一方で、有事にはその行動を免責する側面も併せ持っています。

 制度は、常任理事国が自らの立場を自制的に運用することを暗黙の前提としてきました。その前提が崩れたとき、国連は武力行使を止められないだけでなく、止められない理由を十分に説明することすら困難になります。

それでも国連は何を担っているのか(総会・正統性・人道)

 では、国連は無意味な存在になったのでしょうか。そう結論づけるのは早計です。制裁や武力行使を決定できなくても、国連は国際社会の評価を集約し、正統性の有無を可視化する場であり続けています。

 総会決議、事実調査、国連機関による人道支援、停戦仲介や対話の場の維持。これらは直接戦争を止める力を持たないかもしれませんが、武力行使の正当化を容易にさせないための重要な役割を果たしています。

ベネズエラ事案が突きつけた国連秩序の現実

 今回のベネズエラをめぐる軍事行動は、この構造的問題を端的に示しています。安保理常任理事国が武力行使の当事者となったことで、国連は法的評価をめぐる議論の場にはなれても、行動を抑止する決定機関としては機能しにくくなりました。

 自衛権や法執行といった説明が示されているものの、それが国連憲章の想定する厳格な例外要件を満たすかどうかについては、国際社会で評価が割れています。重要なのは結論そのものよりも、「裁く側」と「裁かれる側」が重なった瞬間、制度が急速に脆くなるという事実です。

日本と同盟国は、この構図をどう受け止めるべきか

 この問題は、決して遠い国の出来事ではありません。日本は国連中心主義と法の支配を外交の基軸に掲げてきた国であり、同時に安保理常任理事国と同盟関係にあります。

 常任理事国による武力行使を前に沈黙することは、短期的には摩擦を避ける選択かもしれません。しかし長期的には、国際法と国連秩序の形骸化を黙認することにもつながります。法が弱まる世界では、最終的に不利になるのは軍事的に強くない国です。

国連秩序が失いつつあるものは何か

 問題の本質は、国連が弱いことではありません。戦後秩序が前提としてきた「大国は最終的には自制する」という信頼が揺らいでいることにあります。

 拒否権を持つ国が率先して武力を用いるとき、国際社会は一つの問いを突き付けられます。平和を守る責任を持つ国は、自らをどこまで縛る覚悟があるのでしょうか。国連秩序が失いつつあるのは、制度そのものではなく、その覚悟なのかもしれません。

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